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格闘衝動

作:龍宇治

第十五話『お見舞い衝動』

 目が覚めると、あれから三日が経っていた。
 俺は数か月ぶりに元の病院に再入院することになっていた。酷い既視感を覚えた。ただ、今回の怪我に関しては一週間程度で退院できるそうだ。頭蓋骨はヒビが入っただけ、見えなくなった適切どころではない、神がかり的な処置により、崩壊しかけた顔面も比較的原型に近い形に戻っていたらしい。
 らしい、というのは顔面が包帯巻きで、自分では治療の出来栄えを確認することができなかったからだ。鏡に映る己の姿は、未使用のトイレットペーパーを首の上に乗せているようだった。
 最初に見舞いに来たのは金髪だった。数人の取り巻きを連れている。俺がいきなり暴れ出さないか心配なのだろう。ただし、心配しているのは周りの人間で、金髪本人は怒りで我を忘れているようだった。
「てめぇは何やらかしてんだ!」
 病院中に響くような大声で、やつは吠えた。今回の件で俺の躾係であるやつの首は確実に飛ぶと思っていたので、再び怒鳴り声を聞けるとは思っていなかった。見ると、顔色は悪く、目の下の隈も酷い。ストレスで疲れが溜まっているのだろう。
「クソっ……次から次へとトラブル起こしやがって……てめぇせいでいくら金が飛んだと思ってやがる。てめぇはいいかげん死にてぇのか?」
 金髪に学習能力はないようだった。そんな説教をいくらしても俺には意味がない。俺はやつの言葉の必要部分だけを抽出して、己の現状を推測していた。もちろん、ウィンと乱入して来たあの大男の二人には、たっぷりと思い知らせねばならない。拳の届く距離までもう一度近づくための方針が必要だった。
 金が飛んだというのは地下を経営している『運営』に対する罰金だろう、と俺は考えた。問題はその額だ。組が大損したのなら、金髪が俺の世話役を続投することはありえないからそれほどの金額ではないはずだ。つまり、それほど大事にはなっていないということになる。
 俺は少しがっかりしたが、同時に違和感も感じていた。ヤクザの庭の闘技場で、組員でないにしろ別のヤクザの庇護にある人間が暴れたら、もっと話がこじれてもいいはずだ。金髪の態度や言葉からは、そういう雰囲気は読み取れなかった。
「とにかく、反省するまではしばらく地下には出さねぇからな。もう、トシともつるむな。それが守れねぇようなら、うちの組はお前とは手を切るぞ」
 ほどほどに怒鳴り散してから、うんざりしたような声で金髪はそう言った。
 やはりおかしい。本気で俺の行動を制限したいなら、寝ている間に違う場所に拉致して、ナイフやら銃やら拷問やらもっと直接的な脅しを使うはずだ。俺の態度次第で組がバックに着くかどうか、という話も問題を保留しているような印象を受ける。ヤクザにしては全体的に手緩い対応だ。
 俺は何か裏の事情があると確信していた。ただ、それを推測するには情報が少なすぎたし、金髪に訪ねてもマトモな答えは返ってきそうにはなかった。
 結局、俺が一言も口を聞かなかったので(舌を怪我して喋れないフリをしていたが本当は喋れた)、金髪は取り巻きにキレながら帰って行った。やつに必要なのは忍耐だろう。
 
 

 次に来たのはおっさんだった。
 乱闘騒ぎの後、俺は出血多量でほとんど意識を失いかけていたが、おっさんが助けてくれたことは何となく覚えていた。
「よう、坊主。ようやくお目覚めか」
 文句の一つも言われるかと思ったが、おっさんはいつもの調子だった。別に迷惑をかけたのを気にしているとかではない。ただ、気にはなったというだけだ。
「仕事はらいじょぶなのかよ」
 まだ舌が上手く動かせずモゴモゴした発音でそう聞くと、おっさんは吹き出していた。俺はなんだかバツが悪くて、顔をしかめようとしたが包帯でグルグル巻きにされているので無駄だった。舌打ちもしばらくは上手くできそうにない。
「俺なら平気だったよ。あの晩のことは、上の連中にはバレちゃいねぇ。ほら、受付で声かけて来た若いあんちゃんがいたろ。爆発があった後、偶然居合わせてな。一緒に逃げたついでに、俺が来たってことは口止めしといたんで大丈夫さ」
 ちなみに、おっさんは爆発が起きたときは観客エリアの後ろのほうにいたおかげで、目と耳がイカれずに済んだらしい。
 俺はうっすらと受付のやつの顔を思い出していた。あいつ一人を口止めするだけでおっさんがあの場にいたことがバレずに済んでいるというのも、穴だらけな話だと思った。おっさんは地下のスタッフであり常連なのだ。受付でなくとも、あの晩で俺と一緒にいたという裏を取れる顔見知りはいくらでもいるはずだ。わざと泳がされているのかとも思ったが、それこそ地下を仕切ってるヤクザどもの意図は分からない。
「にしても、何だったんだろうな、あの爆発。やっぱ、あれか? 噂通り市ヶ谷の野郎の仕業なのか」
 考え込んでいると、おっさんがそう言った。
「いいがや?」
「ああ、あれだ。お前とウィンが闘ってるときに割って入って来たやつだよ」
 市ヶ谷。その名前はしばらく忘れないでおこう。
 ナイフで貫かれた左手の傷が疼いた気がした。親指の骨折もあるので、俺の左手首から先は頭と同じように包帯でぐるぐる巻きになっていた。動かせるのは指の第二関節から先で、それより根元はギブスで固定され閉じることもできない。
 やつの名前以外にもう一つ、分かったことがあった。
「なぁ、おっはん、いいがやってやつはどうなるんだ。地下に爆らんなんて持ち込んだら、ヤクザは黙ってねぇだろ」
「ああ、それなんだけどよ、あの野郎、一か月後に挑戦者決定戦をやることになったんだよ。もちろん、ウィンへの挑戦権を賭けた試合だ。キナ臭い話だろ。『運営』は特に何も言ってねぇけど、あの乱闘は『四天王』戦を盛り上げるための仕込みだったんじゃねぇかって噂だ」
 妙な話だった。もちろん俺は、あのときの市ヶ谷が本気で俺とウィンを仕留めようとしていたことを知っている。あれは決して演出ではない。にも拘らず、『運営』はまた市ヶ谷にウィンと闘うチャンスを与えている。
 つまり市ヶ谷と『運営』は繋がっているということだ。
 普通なら観客一人一人に取り調べをしてでも事実確認をするような爆発騒ぎを、『運営』はまともに調査しなかった。おっさんが受付一人に口止めして無事に済んでいることがその証拠だ。初めから犯人が分かっていたから、調べる必要がなかったのだ。
 では、なぜ『運営』は市ヶ谷に手を貸しているのか。あいつの行動はウィンを倒すということに集約されている。 
「なぁ、おっはん。『運営』とウィン、いや『ひ天王』の関係についておひえてくれよ」
「はぁ? なんだいいきなり」
「ああ、あと、ついでにいいがやのことも」
 俺と市ヶ谷は『四天王』の首を狙っている点で同じだが、ヤクザの後ろ盾があるかどうかという違いがあった。だが、ウィンを倒すために武器を仕込みまくったあの男が、その手の保険をかけていないはずはない。よりにもよって地下そのものである『運営』を相手に選ぶのは、何かしっくり来るような気がした。
 たった数分、殺し合いしただけだが、市ヶ谷はそういう男だということは分かっていた。舐めてやがる。
 殺すだけでは足りない。あいつに限っては、その小賢しい策をぶち壊しにして、己の無能さを思い知らせ、最低の屈辱を味合わせてからぶっ殺す。
 俺の中で、決定事項がまた一つ増えた。



 必要な情報を聞き出し、今度は食い物を持ってくるように適度に脅してからおっさんを追い返すと、次に見舞いに来たのはユキトだった。意外だった。
「なんしに来たんだよ」
 俺の質問を、ユキトは鼻で笑って返した。
「別に来たくて来たんじゃない。お前のせいでトシさんが直接会えなくなったから、代理を頼まれたんだよ。まぁ、お前の態度次第だけど」
 そう言いながら、ユキトはミイラになった俺の首から上を見てニヤニヤしていた。何かとムカつくやつだった。
「うるせぇよ。俺は呼んれねぇ」
「……市ヶ谷ってやつが次の標的なんだろ」
 多分、大方の事情はトシから聞いたのだろう。市ヶ谷を狙うのも、まぁ、俺の性格を知っていれば読めて当然だ。
「だいぶデカいやつなんだろ、そいつは。おまけに組技系でお前の苦手分野だ。無策で突っ込んでも返り打ちだろ」
 ユキトの言っていることは正論だった。特定の相手に対策をして挑めるというのは、競技格闘技の強みでもある。そういう意味では、市ヶ谷はジムで学んだことが最も活きる相手だ。
 解せないのユキトの態度だ。トシの頼みとは言え、気持ち悪いぐらいに協力的すぎる。
「お前、トシにいくら貰ってんだよ」
 試しに質問すると、ユキトは目を逸らしながら「二万ぐらい」と答えた。多分、五万は貰っているだろう。
「……まぁ、どうしてもって言うなら、お前におひえてもらってやってもいいけどな。代わりに、飯奢れよ」
「……はぁ?」
「おひえられ賃だよ、おひえられ賃」
「お前、言ってること滅茶苦茶だろ」
 ユキトは呆れたように笑っていた。本気にはしてない顔だったが、俺はマジだった。対策をするにも、傷を癒すにも、とにかく時間が足りないのだ。飯は散々食う必要があった。
「で、どうなんだよ、先生。いいがや対策」
「……あー、まぁ、考えとく」
「頼りになんねぇな」  
「しょうがないだろ、徒手格闘なんて専門外だし。まぁ、もう一つのほうがお前にとっては鬼門か」
 おっさんから聞いた話だと、市ヶ谷は二つの格闘技を使い分けるという話だった。自衛隊員という経験から学んだ徒手格闘術。そして、恐らくはやつ自身の出自に由来しているであろう、ある組技格闘技。
 ユキトの助けは、渡りに船と言ったところか。癪に障るが、専門家は必要だった。
 話がまとまったところで、ユキトはすぐに病室を出て行こうとした。
「場所はそっちで工面しろよ。ジムは出禁だ。トシさんに言われてる」
「はぁ? ふざけんなよ」
 俺の言葉に返事はなかった。さて、場所か。面倒事で時間を無駄にはしたくないので、金髪には見つからないところのほうがいい。一か所だけ候補は思いついた。上手くいくかどうか。
 俺はジムにいたその他大勢のプロの総合格闘家たちのことを思い出していた。決まった日に決まった相手と試合をする、というのはこういう感覚なのか、と考える。待ち遠しいようで、まだまだ期間が残っていて余裕な気もすれば、ぼんやりとした焦りもあった。
 まぁ精々楽しむさ。
 俺は包帯のせいで笑った感じのしない顔で笑った。



 
 見舞いはユキトで最後だったが、その日はもう一人、俺の病室に珍客があった。
 そいつは半開きになった病室のドアの陰にいつの間にか立っていた。
 薄い青っぽいパジャマを着た子供だった。年齢は俺と対して変わらないように見えた。青白い肌で、痩せぎすで、深々とニット帽をかぶっていた。
 あまりにも気配を感じなかったせいで、最初、俺はそいつが幽霊か何かだと思った。ふとドアのほうに目をやると、無言でこちらを睨んでいたそいつがいた。
「……なんだよ」
 声をかけたが、返事はなかった。何となく、ただならない気配を感じ取って、俺はしばらくそいつから目を離さなかった。怖かったからではない。 
 しばらくすると、そいつはズボンのポケットから何かを取り出して俺のほうに見せた。
 包みに入った飴玉だった。
 パイン味。輪っかの形をしたやつだ。
 そいつはこちらにむかってその飴を投げた。俺の視線は、反射的に山なりの放物線を追ってしまう。
 同時に、そいつはドアの陰になったもう片方の手に持っていたブツを俺に投げつけていた。
 何の嫌がらせか、それは中身の入った尿瓶だった。
 一瞬飴玉に気を取られたせいで、俺は逃げるのが遅れてしまった。誰とも知れない相手の小便が、目や耳や口に入り込んだのが分かった。
「ぶうぇあ」
 俺は頭をコンクリに叩きつけられたときも出さなかったような声でえづいた。きついアンモニア臭に、包帯の消毒液の臭いが掻き消される。ベッド中、小便まみれだった。
 目をこすり、ドアのほうを確認したときにはやつは消えていた。もちろん、幽霊などではない。
 引き戸の病室のドアを蹴り開けると、走って逃げる後ろ姿が廊下の角を曲がったのが見えた。完全にキレていた俺は、迷わずそれを追いかける。おかげで、角の反対からやって来た別の相手と正面からぶつかって、その場で尻もちをつくことになってしまった。
 相手に見覚えはあった。髭を生やしたイカつい男。
 金髪の取り巻きだった。
「……あっ」
 尻もちをついたそいつは、こちらを見ると何かを察したような表情をした。
「にっ、逃げたぞ!」
 そいつがそう叫んだので、俺も状況を理解した。ぶつかったやつとは別の三人のガラの悪い男たちが廊下の反対側からこちらに走って来るのが見えた。そいつらは金髪に言われて、俺を見張っていた連中だった。
「待て、ちが――」
 釈明をする余裕もなく、スクラムを組んだ男たちが俺にのしかかってきた。俺への対策はなされているようだった。距離を潰して打撃を封じるとともに、四肢のそれぞれを一人一人が押さえつける。担当は打ち合わせてあったのだろう、迷いのないチームワークだった。
 うつ伏せで床に取り押さえられると、少し離れた場所にあったトイレの入り口の陰から顔を出したニット帽と目があった。やつは俺と金髪の手下が鉢合わせするように仕組んで逃げたのだ。隠れる場所も確保していた。
 俺にむかって舌を出して見せると、ニット帽はそのまま逆方向へ逃げて行った。騒ぎの野次馬をし周囲の病室から出て来た入院患者の中に、その背中は紛れる。
 俺は吠えたが、無駄だった。
 尿瓶をお見舞いされたのもムカつくが、意味が分からないのが一番ムカついた。そして何より、小便臭くて堪らなかった。いや、マジで意味不明だ。あいつは何が狙いだったんだ。考えても分からなかったし、俺はあのニット帽のガキに対して殺したいぐらいの怒りを感じているのだが、それが何だか俺が今まで殺すリストに入れていたトシだとか『四天王』だとかまでが小便臭くなってしまうような気がして、妙にしょうもない気分になって、とにかく意味が分からなかった。できることと言えば、何だかよく分からないけれどとにかくムカついてみせることだけだった。
 俺がそいつの正体を知るのは、もう少し後のことになる。 

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