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さくら、さくら

作:みなと [website]

04

「良かったー、咲桜ちゃんおった。大丈夫? 怪我はなか?」

 横殴りの雨のせいで、彩桜が身に着けたレインコートは雨よけの役割を果たしていなかった。額に、うなじに、黒い髪を張り付けながら彩桜はいつもと同じようにふわりと笑っている。

「ひとりじゃえすかて思うて、様子ば見に来たばい」

 彩桜がビニール製の巾着袋を咲桜の前に差し出す。半透明の袋の中には懐中電灯と着火剤、オイルランプが入っていた。
まだ外ではごろごろと雷が鳴っているが、咲桜の中の心細さは緩和されつつあった。

「あ、ありがとう……電気も止まっちゃって、どうしようかと思って」
「やっぱり予備電源ん使い方、知らんやったんやねー。うちわかるけん、あとで電気つけよう」

 彩桜は毛先から雫を滴らせながら、レインコートについた雨滴を払う。咲桜がようやく、濡れた髪を拭くためのタオルが必要なことに気が付き、「タオル持ってくるから待ってて」と彩桜に背を向ける。

「まだよかよ、お風呂ば炊くけんすぐ濡れてしまうし。窯横ん物置に発電機があるけん、ついといで。使い方ば教えちゃる」
「なんで家の発電機のことまで……」
「引っ越しん時に確認しとったんばい。うちと同じ機械だけん使えるしね」

 彩桜はそう言うと、咲桜に手招きをしつつ玄関から出た。
咲桜が慌ててその後を追う。つまづきながらサンダルを引っ掛け外に出た途端、雨風が全身を叩く。数歩よろめくも、前を歩く彩桜のあとに続く。

 風呂を炊く窯は、雨よけの屋根と壁があった。とはいえ時折くる強風と横殴りの雨のせいで、しばらくすると咲桜の着ていた長袖のTシャツと中学ジャージは濡れて重くなってしまった。彩桜にしてもレインコートの中まで雨が侵入していて、窯の火が安定する頃にはふたりとも服を絞れば水が落ちる程になっていた。

 それから二人は横の物置小屋に入り、発電機を作動させた。彩桜は咲桜に懐中電灯を持たせ、丁寧に操作方法を説明する。咲桜も真剣に説明を聞きながら、実際に自分でも操作をした。これで次に何かあった時は今より慌てなくて済むだろう。



 玄関先で二人は濡れた髪や手足を拭っている。
予備電源を長持ちさせるため、必要なものだけ通電させることにした。冷蔵庫内の食材廃棄は免れたが、念のため照明は彩桜が持ってきたオイルランプを使うことにした。



「お風呂わいたけん、入るっばい」

 二人とも軽く体を拭いた後、楽な服に着替えていた。
彩桜には咲桜の部屋着――おろしたばかりで咲桜もまだ一度しか袖を通していない――を着てもらっている。
オイルランプの灯りでは、10畳の和室を照らすには物足りなかったが、テーブルを挟んで向かい合うお互いの顔ははっきりと分かる。

「うん……」

 咲桜はのろのろと腰を上げ、風呂場へ向かう。
廊下に出たと同時に、灯りが必要なことを思い出した。停電で部屋照明への電力供給を止めている。当然風呂場の照明も使用不可だ。
咲桜はランプを借りていこうと部屋の方へ振り返った。

 真後ろにランプを提げた彩桜が立っている。

「あ……ありがとう」

 咲桜は彩桜の心遣いをありがたく思いながら風呂場へ続く廊下を歩く。きっと彩桜にとって停電など日常的な出来事なのだろう。
風呂場は脱衣所と一緒になっている。部屋の端にランプを置いても、入浴に必要な光量はある程度確保されている。

「ありがとう、でも……武雄さんランプ無しで居間に戻れる?」

 ミントカラーのプルオーバーパーカーを脱ぎながら、風呂に入っている間、真っ暗な中で待っている彩桜を想像した咲桜が振り返る。

 下着姿の彩桜が、当たり前のように残った衣類を脱ごうとしていた。
揺れるランプの灯りが、すらりとした彩桜の体に濃い陰影を作っている。

「なにしてんの……武雄さん?」
「見てわからんー? お風呂に入るとよ」

 あっという間に彩桜は下着をすべて脱衣籠に投げ入れ、未だ着衣状態の咲桜の横を通り抜ける。風呂蓋をめくると、そのまま左手を湯に浸し、「丁度よかよー」と振り返りながら伝えた。

「そうじゃなくて……どうして一緒に入ることになってるのかと」
「しょんなかよ、一緒に入るほうが合理的やん? 咲桜ちゃんもはよ来んね」

 彩桜は桶で汲んだ湯を肩に掛けながら咲桜を促す。
肩に当たって跳ねる水滴が、ランプの灯りを受けてキラキラと光る。光量の足りない中、浮かび上がる彩桜の肢体は特別同性に興味など無い咲桜でさえ思わず見入ってしまうほどだ。
咲桜はそんな自分の動揺を悟られないように、ぞんざいな動きで着ている服を脱ぎ始めた。


 ひととおり洗い終えた二人が、向い合せに湯船に浸かっている。相変わらず外からは雨風と、時折小さな雷鳴の音が聞こえてくるが、そのどれもに慣れ始めていた咲桜は、所在なげに浴室の天井から落ちてくる水滴を眺めている。

「今日は咲桜ちゃんのところに居ってやらんさいって言われたと。こっち来っ前に連絡があって、おじさん今日は戻れんらしかったけん……」

「なんで私じゃなくて武雄さんとこに電話を……?」
「何回かかけたばってん、出らんやったけんって言うとったよ」

 咲桜は自分の携帯電話に着信履歴があったことを今頃思い出した。相当動転していたようだ。電話に出なかった私を心配たお父さんが武雄さんのおじさんに連絡して、武雄さんが様子を見に来た、ということか。

「え!? 泊まっていくの?」

 その返しがあからさまに拒絶の色を含んでいたせいか、彩桜は眉尻を下げ、困ったような笑みを浮かべた。

「ひどかねぇ咲桜ちゃん……こがん心配しとーとに」

 夜、荒れた天候、そして裸で向き合う状態。
咲桜は予てからの疑問を彩桜にぶつけてみる。こういう時でもなければ、なかなかストレートに聞くことはできないと思ったからだ。

「武雄さんって距離感というか……すごく近い気がするんだけど、それってやっぱり他に誰も近い歳の子がいないせい……?」

 彩桜は一瞬ぽかんとしたものの、すぐに真顔になり少し逡巡したあと、照れ隠しのように指で波打つ湯を弾いた。

「一昨年まで年上ん子たちがおったばってん、みんな進学で街に出てしもうたと……。年下ん子達も去年出ていって、今年はうち一人ぼっちなんやねぇて思うとうぎんた……咲桜ちゃんが来てくれたとたい」

 天井からぽつぽつと、湯気だったものが凝結して湯船に落ちてくる。

「大学、行くかどうかまだわからんばってん、高校生ん間は咲桜ちゃんが一緒におってくるって思うたら嬉しか思うて……」

 咲桜が掛ける言葉を探している間に、彩桜はいつものふわりとした笑みを浮かべていた。

 これまでの咲桜にとって、同年代が周りにいないという感覚は理解できないことだったが、この村に来た数週間でそのどうしようもない寂しさの「さわり」を知ることはできた。そしてそれを彩桜はずっと感じていたのだと思うと、咲桜にとっては過剰とも思える接近の仕方も合点の行くところとなった。

 咲桜はこの村に来てから、あって当然なものを色々と無くしてしまったけれど、彩桜にとって自分は今まで切望していた「救い」のようなものなのだと理解した。

 こんなところで3年間もと失望していた咲桜だが、自身の存在が強く必要とされていると実感することで、気持ちが軽くなりはじめていることに少なからず驚いていた。同時に、「わたし、チョロいなぁ」という自嘲気味な気持ちも生まれていたが。

「そうだね、3年間よろしくね、先輩」
「なしてうちが先輩と?」
「だって私、この村のこと何も知らないから。だから色々教えてもらう先輩って意味で」

 おどけてウインクする咲桜に、感極まった彩桜が抱きついてくる。大きく動いたせいで、湯船から波打つ湯が音を立てて溢れていく。

「よろしゅうね…咲桜ちゃん」

彩桜の声が耳元で聞こえる。
頬と頬が触れ、咲桜の背に彩桜の手が回る。


「やっぱり武……彩桜、近すぎ」


諦め気味の声色で、抗議の声を上げる。
吉野咲桜は、もう怒っていなかった。

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