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さくら、さくら

作:みなと [website]

「お、今日のご飯はいいかんじだな」

 19時30分。吉野咲桜の父が診察時間を終えて帰宅していた。

 10畳ほどの和室の中央にテーブルが置かれている。
その上には今日の夕飯が温かい湯気を立てて並べられている。うち一つは彩桜が持ってきたたけのこの煮付けだ。

「武雄さんからお裾分けもらったから。あ、食べたらお風呂沸かしてね」
「咲桜も薪くらい焼べられるようになったほうが良くないか?」
「だって怖いんだもん火事とか。電気かガスの給湯器くらい付けてよ」
「じゃあ今度武雄さんとこの娘さんにでも教えてもらえばいい。仲良くなるきっかけにもなるだろ?」

 引っ越してから、親子の会話は確かに増えた。
一応部屋にテレビは置いているが、チャンネルが少なすぎて咲桜は早々に見ることを諦めていた。以前ならぼんやりテレビを見ながら、別々の時間にそれぞれ食べていた夕食も、今では重要なコミュニケーションの時間となっている。

「いや……武雄さんは……ちょっと……」

 味噌汁をすすりながら、咲桜は煮え切らない返事をした。
夕方の、彩桜の耳元にかかる吐息を思い出して眉根にしわを寄せる。

「武雄のさくらちゃん、いい子だと思うけど……ダメなのか?」

 心配そうな顔の父親をちらりと見て、咲桜は深い溜め息をついた。

「そんなことも……ないけど……」
「最初から仲良くなれることなんか少ないだろう?3年あるんだし、ゆっくり理解し合えばいいんじゃないか?」

「理解し合えるかなあ」という言葉を、咲桜はギリギリで飲み込んだ。

 ミステリアスなクラスメートというのは今までにも居た。
 だが、彩桜はそれらとはまた違った印象だ。何を考えているのか理解できない。これまでの友人たちとは行動パターンが違っているため、本来ならこの時点で距離を置く対象のはずだが、ここで孤立するということは下手をすると……いや確実に3年間、ずっと独りで過ごすことになりかねないという恐怖が、彩桜をはね除けられない理由になっていた。

「今まで生きてきた環境や、いろいろなものが違うんだから、そういうのが逆に面白いって思えるほうが良いんだけど……。本当にどうしても辛いなら相談してくれ」

 父親は申し訳無さそうな苦笑を浮かべている。
咲桜にとっては理不尽な流れである。こちらは流れのままにこんな僻地についてこさせられただけなのに。しかし、いま親子が離れて暮らすのは良くないことだと思っているし、父親をひとりにするのも心配になる。いずれはそうなるとしても、だ。

「わかってるよ。嫌いではないから大丈夫。心配しなくていいよ」

 そういって咲桜はたけのこを口にする。
それは自分が作るよりはるかに美味しいものだった――。




 薪で炊く風呂はまだ慣れない。

 そもそも薪に火をつけたことがないし、湯加減の調整もわからない。
今はまだそうでもないけれど、夏になれば見たこともないような生き物がそこらじゅうを這い回るかもしれないと考えると、窯のある屋外に夜出ることは遠慮したい。

 屋内はそれなりにリフォームされていて、土間やトイレも思ったより綺麗ではあるが、それでも便利な環境で生きてきた咲桜にとって、山村での生活はハードルが高い。
父親が沸かしてくれた風呂に浸かりつつ、咲桜はぐったりと風呂場の天井を見上げていた。

「この生活を3年か、やっていける気がしないんだが――」

 湯船の中で腕を組み、軽くかぶりを振りながら咲桜はつぶやいた。
これはマズい、思考が負の面に堕ちかけている。こういう時はこの生活におけるメリットを挙げていくに限る……のだが、

「静かで空気が美味しい以外に何もない……!!」

 鼻の下まで湯に沈み込みつつ、咲桜は早々にメリット探しを諦めた。
村の人はのんびりしていて優しい。時々方言がキツすぎて何を言っているのかわからない以外は。
 お隣の武雄さん一家も、来る前から色々と便宜を図ってくれて、今も何かと気を遣ってくれている。田舎だと当たり前なのかもしれないが、ずっと街で育ってきた咲桜にとってはありがたくも、少しばかり息苦しい部分があった。

 そして彩桜だ。
咲桜が来るまで、ずっとひとりだったのだろう、そうでもないとあの距離の縮め方に理由が付けられない。

 ――村への転居は桜が咲くより前のことだった。
荷解きの真っ最中に、武雄家一同が挨拶に来た。
地元で林業を営んでいるという父親と、村内の婦人会を取りまとめているらしい母親、祖父は2年前に他界したらしいが、元気に畑仕事を続けているという祖母の4人家族。
挨拶も早々に、大きな荷物や家具を運ぶ手伝いを始めた武雄一家に、咲桜と父は随分恐縮したものだ。結果的に想定より早く荷物は片付き、そのまま武雄家に招待され、他の村民も集合し宴会。咲桜にとっては疲労度の高い村生活の初日だった。

「同じ名前なん?がば嬉しかねえ」

 宴会真っ盛りの座敷の熱気にあてられ、逃げるように縁側の端に座っていた咲桜の横に、いつの間にか彩桜が並んで座っていた。
咲桜は特別人見知りするタイプではなかったが、さすがに急な環境の変化に加え、荷解きの疲労も相まって、初対面の人間と楽しく話のできるテンションではなかった。

 どうも、と曖昧な返事からの沈黙。
田舎の夜は暗い。今の咲桜の気持ちと同じく、暗い。

「さくらちゃんて呼んでんよか?」

 咲桜の頬に触れそうなくらいの位置に唇を寄せた彩桜が囁く。

「ぅわっ!」

 慌てて距離を置こうとした咲桜が勢い余って壁にぶつかる――ことはなかった。
彩桜が咲桜の肩を抱くような体勢で転倒を回避した。

「びっくりしんさった?あぶなかよー」

 咲桜の顔を覗き込むように、真正面から彩桜のアップ。
黒目がちで少し冷たそうな瞳、白く美しい肌、薄いピンクで小ぶりな唇。
改めて咲桜は認識する。
武雄彩桜という少女の美しさを。



「いや……近いんだよなあ……」

 出会ってまだ数週。もちろん今までだって距離感覚の違う友人は居た。何かにつけて手や腰に触れて来る相手に対して、咲桜もするすると抜け出したり、時には逆襲してみたりと、ある種プロレス的な展開には慣れていた。

「なんかヤバいんだよなあ、武雄さんって」

 何がどうヤバいのかはわからない。
ただ、吉野咲桜は本能的に武雄彩桜という少女が発する「何か」を警戒していた。

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