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さくら、さくら

作:みなと [website]

01

 吉野咲桜(よしのさくら)は怒っていた。

 唯一の家族である父に懇願され、幼い頃に亡くなった母の実家へと引っ越さなければならなくなったことに。転居先が想像を上回るレベルの過疎村であることに。築100年を超えているといわれる自宅が二人で暮らすには広すぎることに。高校生になったというのに、山の分校通学であることに。分校といっても、自分を合わせて二人しかいないことに。そして、同級生の武雄彩桜(たけおさくら)の掴みどころの無さに。


「今日は…縁側掃除だったっけ」

 咲桜は帰宅するなり身に馴染んだ中学時代のジャージに着替え、腕まくりをしながら土間へと向かう。
 4月も半ばになり、散る桜の花びらが通学路に積もり始めている。陽が落ちる頃には肩を竦めてしまうような肌寒さを覚えるが、怒りのパワーを未だに持続させている咲桜にとって、それは大した障害ではなかった。

 限界集落のような山村でも、各種ライフライン、ネット環境はかろうじて維持されている。咲桜は音楽アプリを起動し、ヘッドホンを装着する。
大音量でプレイリストを流しながら、土間の水道からバケツに水を注ぎ始める。

 咲桜が今一番推しているバンドの曲が流れる。歌詞はよくあるラブソングだ。

「高校生になったら彼氏くらいできると思ったんだけどな……」

 バケツの半分あたりまでたまった水を眺めながら、咲桜は半眼でため息をつく。


 山村での暮らしは予めリミットがある。
 医師である父は、亡き妻の故郷が無医村になると知るや否や派遣に立候補した。任期は3年。代わりの医師が来るまでの間となっている。

「いない歴3年延長確定じゃん、お父さんなんかハゲちゃえ……!!」

 憎しみをパワーに、思い切り絞った雑巾を手に咲桜は縁側を拭き始めた。
一往復ごとにバケツに雑巾を突っ込み、怨嗟の唸りとともに水気を絞り、また往復を繰り返す。

 父親が帰宅するのは19時を回る頃だろう、それまでに夕飯の準備もしなければならない。
 食事担当は中学に上がる頃からだ。すでにひと通りのものを作る力は身についている。昨夜の残りを副菜にし、主菜は魚の煮付けにしよう。味噌汁の具は何があったかな……と、父親へのヘイトが薄まりはじめた時、咲桜の視界にあるものが入った。

 スラリと伸びた足。黒いローファーに繋がっている。

「よかった、咲桜ちゃんおってくれて。こいお母さんからー」

 低くも高くもない柔らかいトーンの声の主は、同級生で隣に住む武雄彩桜だった。手にしたレジ袋の中には四角い箱のようなものが入っている。おそらくタッパーだろう。

「家ん掃除なんかしてえらかねー。お父さんまだ戻ってこんのやろ?サボって遊べばよかやん」

 ふわりと笑う彩桜。
 知り合ってまだ半月ほどしか経っていないというのに、旧知の仲のように親しげな空気を作りつつ咲桜の傍らに腰を下ろす。

 彩桜は制服のままだ。紺地に細く白いラインが3本入ったセーラー服。着用は義務ではないが、咲桜も彩桜も制服で通学している。

「武雄さんと違って、わたしが家事しないとダメなんだからしょうがないでしょ」
「ひどかねー、まるでうちがなんも家事せんて思うとーやろ?」

 彩桜はやはりふわふわと笑って、袋を咲桜に差し出した。

「たけのこ、ようけ取れたけんおすそ分け。煮付けてあるけんすぐ食べらるっばい」

 袋を覗くと大きめのタッパーにぎっしりとたけのこの煮付けが詰まっている。最近サボり気味だったが今日は一汁三菜が実現できそうだ。
咲桜は彩桜の右後方で姿勢を正し、ありがとうと袋を受け取った。

「全部うちが作ったけん、いっぱい食べんしゃい」

 彩桜が咲桜の耳元に顔を寄せて囁いた。咲桜の耳朶を彩桜の吐息が撫でる。

「……っ!!」

 咲桜は咄嗟に彩桜との距離を空けつつ、耳にかかる髪を手で乱暴に払った。

「くすぐったかと?咲桜ちゃん意外と敏感っちゃねー。あ、たけのこ、残りそうなら天ぷらにすっと美味かよー」

 なおも耳元で囁こうとする彩桜から素早く距離を取り、咲桜は乱れた髪を撫で付けながら抗議した。

「武雄さん距離近すぎ…!こっちの人はみんなそうなの?」

 彩桜は縁側から腰を上げ、肩越しに咲桜を見やる。

「そがんことなか。咲桜ちゃんだけん近寄りたかよ」

 咲桜は絶句した。
数秒の沈黙の後、彩桜が悪戯っぽくウインクしながら「冗談、冗談」と手をひらつかせる。

「でも、『武雄さん』じゃなくて、名前で呼んでほしかねー」
「どっちも『さくら』なんだからややこしいじゃない…」
「よかやん、同じ名前ば呼び合うんって楽しゅうなか?」

「まあ、おいおいね」と言いながら彩桜は背を向け歩き出した。

 微かに残ったオレンジ色の陽光と、のんびりと散る桜の花びらのなか帰路につく同級生を、咲桜はバケツとレジ袋を手にぼんやりと眺めていた。

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