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そくせき

作:鳶沢ちと [website]

早川千奈に、もう一度弾丸を - 3.行動指針

 あれから飯と風呂を済ませれば、よい子が寝る時間ぐらいにはなっていた。久々の敷布団を噛み締めることもなく、枕に頭を置いた辺りから既に意識は無くなっていて、気が付けば日は高く昇り、蝉たちがじりじりと喧噪を奏でていた。
 枕元に置いた腕時計を見ると、針は一直線にてっぺんを指している。時計が壊れたのかと一瞬思ったが、刻々と進む秒針を見て、壊れているのは僕の睡眠欲の方だと悟った。
「いや、寝すぎだろ……」
 大学生活からの長い一人暮らしで増えた独り言。誰に聞かせるでもなく放った言葉は、思いがけず反応が返ってきた。
「ウケる、自分で言ってやんの」
「……っくりした! 早川、居たのか」
 声の方へ振り向くと、彼女は抱腹してくくく、と堪えるみたいに笑っていた。
「居たわ! 失礼な奴だな、人をオバケが出たみたいに」
「いや、正真正銘オバケだろ」
「ゴーストジョ~ク」
「なんだそれ……」
 早川がばあ、と手のひらと舌を見せる。たまに挟みたがる茶番だった。反応に困る。
「つーか、寝すぎはあたしのセリフだっつの。明け方辺りから暇で暇でしょうがなかったぞ」
 幽霊に睡眠は必要ない。夜通し活動できるというのは羨ましくもあるのだが、干渉できる範囲がある程度制限される彼女にとっては、便利なばかりではないのだろうが――明け方までは何してたんだろう。
 そんな僕の疑問を汲み取ったかのように、夜中の出来事を語り始める。
「寺の裏に、そこそこデカめの墓地があるだろ? あそこに肝試ししに来た連中を見つけてな。軽く脅かしたら、いいリアクションくれるもんだから面白くなっちゃってさあ」
「あー、お盆だしね」
「そうそう。いるんだよなー、この時期。ヨソモンっぽかったから、追いかけまわしてやったぜ」
 |昨夜《ゆうべ》はお楽しみだったようで。その語り口は鬼の首を取ったように得意げだった。
 早川は生粋の悪戯好きで、生前はよく教師に罠を仕掛けたり、友達をからかったりして、みんなを巻き込みながら笑っていた。その性分は健在しているし、なんなら幽霊体質は悪戯し甲斐があるとかなんとか言って、加速しているかもしれない。
 お陰でここ最近、近所では|小火《幽霊》騒ぎが頻発しているけれど、事実八割くらいは早川の仕業なのだろう。それでも禍根を残すようなことはしないのが、昔からの、彼女なりのこだわりだった。
 だから僕も、その行いを強く咎めるようなことはせず、
「ほどほどにしなよ」
 と言いながら笑ってやるのだ。
「バーカ。幽霊は|無法者《アナーキー》だからイカすんだろ。遠慮してちゃあ、やってらんねーよ」
 幽霊には幽霊の矜持というやつがあるようだった。確かに、幽霊ほど法や秩序に縛られない存在はない。ただ、そう言いながら十年間大した騒ぎになっていないのは、彼女なりに弁えているからなのだろう。村社会の話題をかっさらうくらいなら簡単にできそうなものだが、そこまでにはなっていない。
 ふと、彼女が変わらずにいるのは幽霊だからなのか、それとも生きていたとしてもこうだったのかな、と|過《よぎ》ったけれど、深く考える前に、問いかけを投げられた。
「で、今日はどうするよ」
 考えが霧散するのを感じながら、ぼんやりと答える。
「天使探しだっけ。手掛かりとかある?」
 早川は顎に手を当てる。
「いや、昨日言ったジジイの言葉だけだ。『星降る夜、あぜ道に天使が現れる』。あぜ道なんて、ド田舎だから田んぼはそこら中にあるしな。ぶっちゃけノーヒントに近いだろ」
 というか、その噂自体の存在が怪しい――とまでは言わなかった。スナックのばーさん相手に気を引こうと口から出まかせ、なんてありそうなことだ。まあ、噂が存在しないのなら、存在しないことを確かめに行けばいい、ぐらいに思っているのだが。
「そうなると、まず考えるべきところは『星降る夜』と『天使が現れる』の部分なんだろうけど……とりあえず、人がいるところに足を向けるのがいいんじゃない?」
 欠伸交じりにそう答える。正直寝起きでまだ頭が働いておらず、何も考えていないに等しい提案だったが、早川は特に否定しなかった。
「ま、いいんじゃねえの。噂の真偽も酔っ払いが言ったことだし、その辺りから確かにしていこうぜ」
 それ、野暮だと思って言わなかったのに君が言うんだ。

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